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2019年5月3日金曜日

文字によるネットとリアルについて考えた

GWも半分が終わり、10連休も光陰矢のごとしなスピードです。GW中はコーヒーを飲むようにツイッターを開いているのですが、「名もなきライター」こと名もさんのツイートを発見しました。私は文字で仕事をしたいので文字によるネットとリアルを考えの根底に潜めながら、ネットとリアルについて考えてみました。

ネットはリアルに悪い影響を及ぼす?




https://twitter.com/writer_noname/status/1123852757281267714

考えさせられる内容であり、ネットハードユーザーな私は寒気さえしました、リアルな世界とネットの世界は違うと実感したからです。ネット上だと本や漫画を読んでいる時のように、頭の上から永遠に空を超え宇宙につながる開放感を感じるからでしょうか。ボタンをポチッとクリックするだけで相手に伝わる媒体がネットで、好きな自分を受け入れてもらっている感が芽生えてきます。自分でありながらリアルの自分とは違う自分。それが根を張りつるを伸ばし花を咲かすことで、リアルの自分との差が生じていき、それがエスカレートするとリアルに戻す時に窮屈さを感じるということなのでしょう。

ネット時間とリアル時間


名もさんは、若者にターゲットをしぼりツイートされていましたが、ここからは社会人にターゲットを絞っていきます。リアルからかけ離れてしまい、リアルに戻るのが大変になる場合こうなります。

〇楽しい度合い
・ネットの自分>リアルな自分

逆にリアルの方が楽しいやと思える場合は、リアル>ネットとなります。この様にネットハードユーザになればなるほど、24時間のうちのネット時間が増えるのでリアルな生活というよりは、ネットの生活になっていきます。

ネットは自由?


ネットの生活になり得る人は意外に限られています。

・働いてない人

働きたいけど働けていない人は含んでいません。なぜなら、働きたいけれど働けない、仕事を探しているけどみつからないなどは、働くために活動をし、意識は働くに向いているからです。働きたくない、働かなくてもいい人は働いていない人で考えていきます。このことについて、実際賃金が発生していないのなら、単なるネット好きなひきこもりではないのか?と思われるかも知れません。しかし、ネットで仕事をしている人も含めてこう考えます。

・ネットハードユーザでありながらリアルの生活な人

整理してみます。

・ネットの生活の人:働いていない人。
→働きたくない、働かなくてもいい人も含む
・リアルの生活の人:働いている人
→ネットを使い仕事をしている人、働きたいけれど働けない、仕事を探しているけどみつからない人など、仕事に向けて(小さな何かでも構わないので自分なりに)アクトし、手段でネットを利用する人も含む。

結局、ネットで仕事や仕事に関する何かをアクトしている人は、リアルの生活に入ると考えます。なぜなら、ネットの仕事もリアルの世界と切り離せないからです。リアルを体験する、リアルを想像するという様に、リアルがベースだからです。ということは、仕事や仕事に関する何か以外、つまりプライベートがネットとリアルの世界とを分ける指標になりそうです。

プライベートは?

ネットを使って仕事をしている人も、リアルの世界で仕事をしている人もプライベートがあります。棋士の藤井聡太さんは令和の将棋界について、(AIの普及で)人間と1度も対局せずに棋士になる人が増えてくる、とコメントしました。プライベートにもネット派とリアル派があります。プライベートがネットで充実すれば、リアルの世界だけで仕事をしていたとしても、ネットの世界にいる感覚はより強くなるでしょう。プライベートの充実がネットかリアルである事は、その人が感じるネットの住人感の度合いを大きく左右しそうです。

何かに没頭するということ


ここであれ?って思いませんか?ネットの世界とリアルの世界に分けており、ネットの世界はここ数年で注目度が高くなってきましたが、リアルの世界しかなかった昔から、リアルの世界にありながらリアルの世界に住んでいなかった人もいたわけです。

例えば、芸術家などの〇〇家や、物理学者などの〇〇者と呼ばれる人達の中には、プライベートと仕事が一緒で、リアルな世界でないオリジナルな世界に没頭、充実感を得た人達です。ネット時代以前から、リアルな世界にいながらリアルな世界にいなかった人つまり、リアルの充実感<リアル以外で充実した人もいたのでした。

この人達に共通しているのは、プライベートと仕事の境界線みたいなものがなかったことです。言い方を変えれば、仕事のプライベート化となります。お金をもらいながら好きなことをするなんて、素晴らしいですよね。じゃあ、プライベートって何?ということになりますが、プライベートは時間、感覚ともに仕事要素が入っていない部分となります。時間によっても分けられますし、気持ちの高まりだったり、仕事の後の開放感や充実感などでも見つける事ができます。何をもってプライベートにするか、プライベート判断みたいなものが自分の中に自然にあり、それが作用し、仕事をしていてもその容器が満タンになればプライベートと仕事は充実しているとなるのでしょう。趣味に没頭するという言葉もありますね、一番理想的な姿ではあります。


プライベートの感覚も人それぞれ


そんなんでプライベートが充実してるって言えるの?と思う場合もあれば、そんなにリラックスしてるのにプライベートではないと言うの?など人によってプライベートに関する感覚も様々です。さらに大きく言えば、1つの事をどう捉えるかも人それぞれです。ネットの世界を悪く言うリアルの世界の人もいれば、リアルの世界をよく思わないネットの世界の人もいます。人口的には、リアルの世界の人>ネットの世界の人なので、ネットの世界の人がリアルの世界の人に合わせる、合わせなければいけないという傾向があります。しかし、ネットの人数(ネットでプライベートの充実を感じている人数も含む)>リアルの人数(ネットで仕事をしながらリアルで充実を感じている人数も含む)となれば、リアルではそうかも知れないけど、ネットではそうならないよと、ネット寄りになっていくでしょう。

ネットも使い方次第


ネットだから悪いとなる場合と、ネットを使っていたから成長できた!となる場合があります。しかし、リアルでも同じです。ネット上でもリアル上でも何かに取り組む時、目標みたいなもの(どんなに小さくてもOK)を設定するかしないかによって成長度は変化します。ネットを使ったからリアルが充実した、リアルを使ったからネットが充実したというような相互切磋琢磨みたいになればベストですよね。つまり、ベースはリアルにありつつ、ネットを利用する人が増える状態、あれ?これって、ベースは人間にありつつ、AIを利用しようみたいなのに似ていますね。そう考えると、リアルの人にとって、ネットを利用しまくっている人はAIに見えているのかも知れません。


















2019年4月15日月曜日

上野千鶴子さんの祝辞に学ぶ

東京大学の入学式での祝辞で、上野千鶴子さんが述べられたこのような言葉が特に印象的だった。

女性学はベンチャー学問

学問と聞くと、スピード、広さというよりは深く狭く掘り下げて追及するというイメージがあったが、ベンチャー学問と聞くとスピード感、先進的という180℃ガラッとイメージが変化した。環境学、情報学、障害学もベンチャー学問の領域に入るらしい。

確かに、二酸化炭素の濃度削減や、温暖化問題、IT、発達障害など、つい最近取り上げられて話題になっている。時代によって、学問もニーズが変化し、それに対応することが求められているようだ。


意欲の冷却効果

ひと昔前までは、女性に対してこういうイメージを持つ人が多かった。

・どうせ女性なんだから
・女性らしく
・しょせん女の子だし

希望大学の判定はE判定だったAさん、担任の教師に「〇〇女子(大学)でいいのでは?その方が合ってるんと違うかな?」と全く希望していなかった、お嬢様系の女子大学を進められたそうだ。偏差値が足りないから指導することをせず、どうせ女性だからいいやん的で、〇〇女子大学に対しても、Aさんと保護者に対してもとんでもない発言だ。

この様に、女性だからという理由で、その人の意欲を失わせることを、”意欲の冷却効果”というらしい。これは、アドラーで言えば”勇気くじき”に他ならない。


知を生み出す知はメタ知識

メタにはこんな意味合いがある。

・高次な
・超
・~の後の

メタ知識とは、コロンブスの卵、ダイヤの原石のようなものだ。今ま人間が存在するのもメタ知識があってこそだ。上野さんは、東大生にメタ知識を学んで欲しいと述べたが、さらに輪をかけて、新しいメタ知識を生む新しい知識やメタメタ知識も生み出して欲しいと思う。

女性の管理職が少ない日本~こんな所にも理由あり?

上野さんが、ある東大女子のことについて祝辞内で触れていた。合コンでどこの大学と聞かれた場合、東大と言うと退かれるので、東京の大学と答えるというものだ。私も偶然、その場面をテレビで見ていた。東大女子は損だという内容だったと思う。確かに、東大女子で退く男子大学生は、まさに逆ジェンダー差別だ。しかし、テレビを見ていた時に思ったのは、東京の大学だと言った時のテンションで、東大ですと言えば退かれなかったんじゃないだろうかと。東大女子が悪いのではなく、その女性が自分が東大だとドヤ気分になってしまっている所つまり、単に言い方に問題があるのではないかと、東大女子ってカッコイイなと羨望の目を向けアイスクリームをシャリシャリ食べながら見ていた。しかし、上野さんの祝辞で、東大女子が東大女子と自己紹介する時にためらう事自体がジェンダー差別になっているということが分かった。そう、テレビを見ていた自分もいつのまにか東大女子を差別している男子大学生目線になっていたのだった。

女性が管理職の会社などを目にする時、女性が活躍している会社だと感心すること自体ジェンダー差別的だとも言える。女性は活躍して当たり前の社会にならないといけないと上野さんの祝辞で改めて考えさせれた。

上野さんは、大学よりも社会に出るとさらに、女性への差別は明らさまになると啓発している。会社での昇進などの他、せっかく社会に出たのにニートやひきこもりになったり、結婚の壁でキャリアを捨てた人、下げた人も多いのが今の日本だ。親は親で、大学まで行かせたのにと嘆き、自分達は自己肯定感が下がっていく一方だ。女性が女性らしくなったのは、女性が育児や家事をしてきたからである。男性も育児や家事をすることでお互いの立場を理解し合える環境づくりをしていかなければならない。男性っぽい女性、女性らしい男性がいてこそ、差別のない優しい社会になっていくのではないだろうか。

一方で疑問符?

上野さんは入学生にこう伝えている。

”がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないように”

会社で例えるなら、管理職が超スーパープレーヤーに、今君たちが表彰されるのは株主とCEOのおかげだと挨拶するようなものだ。確かに、親御さん達は愛しい子のために、並々ならない努力をされてきた。しかし、今、入学したてのフレッシュすぎる若者達に、この言葉をかける事自体が勇気くじきになっていないだろうか?5月になると燃え尽き症候群が増えると言われている。それに加えて、自分の頑張った合格も親のおかげと言われてしまうと、自分って何だ?と自信を失わないだろうか。誰のおかげで食べられているんだと言う虐待する親発言につながっていないだろうか。もちろん、今自分があるのも、今までも親のおかげだと、しじみ味噌汁の様に五臓六腑に染みわたっている感はある。特に、自分が30を超えてからは。別に東大生じゃなくても、いつかは親のありがたみは年を重ねるごとにヒシヒシ分かるだろうから、喜びと期待と不安で一杯の入学生に言うのは少し酷?と思いながら、今日の日付を間違えていたことに気付いた。

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html










2019年4月13日土曜日

日本語の「ウン」に違和感?

こんな場面ありませんか?

甘夏:今日は〇〇だよね。
いよかん:ウン。

甘夏:ごはんもう食べた?
いよかん:ウン。

日本語の相槌に「ウン」が多い理由は?そもそも「ウン」とは?

「ウンともスンとも言わない」の「ウン」

「ウンともスンとも言わない」どっちやねん状態ですが、ウンは”承諾”の意味がきちんとあります。これに対してスンはどうでしょうか?大きく息を吸い、鼻からだしてみてください。これが昔の「スン」の発音だったそうです。何の音もありません。つまり鼻から息がでるだけなくらい何も言わない、言っていないという意味がスンにはあります。

ウン&スン~どこからきたの?

ウン&スン、キキ&ララみたいですが、実は16世紀、江戸時代に日本に来たポルトガルの船員が伝えた「南蛮カルタ」がウン&スンの語源です。カルタはポルトガル語で”四角い紙”の意味がありました。その後、カルタの消費量が多かった貴族の多い京都を中心に、日本の文化に合わせた複製品が作られていきました。その中に「天正(てんしょう)カルタ」があります。一番古くて質のいい「天正カルタ」は福岡県の三池で作られたそうです。もともと、日本にはカードがなく、ハマグリに絵が描かれた貝合わせという遊びが流行っていました。今は、日本古来のカルタは百人一首が知られていますが、この時代の日本のオリジナルカルタのようです。

「三池カルタサブレ」。まるでカルタ!

南蛮カルタを発祥とする「ウンスンカルタ」。カードの絵柄も日本、中国、西洋のミックスで鯛を持った七福神など飽きないのだとか。




・ウンと呼ばれていたカード:唐人の意味のウンが描かれていた。ゲーム的には-。
・スン:七福神が描かれていた。ゲーム的には最高点。

このカード遊びで、ニッチモサッチもいかなくなった時に、「ウンともスンとも」という副詞、形容詞的な意味が生まれました。

ウンスンカルタは賭博性が強く、これまた江戸時代の老中松平定信の寛政の改革の中で、遊び道具が廃止される時になくなってしまうのですが、な、なんと、ふるさと納税の返礼品が森のくまさんと称したクマモンそっくりのキャラロゴ入りお米、どんこ(しいたけ)やヨーグルトなどである熊本県の人吉(ひとよし)地方にだけ残っていたではありませんか!人吉市に行けばウンスンカルタ体験ができるそうです。


おお、可愛い!
https://www.furusato-tax.jp/city/product/43203

それでも違和感あり?

伝統的な意味のある言葉だと分かりましたがやっぱり違和感があり、とっさに返事をしなければいけない場合ウンではなく、ムーンとかウーとかン?などの疑問形にまで変化しがちです。なぜ違和感を感じるのかと言えば、ウンには、ウンと話す人にとって、自分の感情が伝えにくい気がします。もう少し詳しく考えてみると、「ウン」と言う前に自分が携わっている事柄の状況の感情がモロに「うん」に出やすくなりがちです。疲れていると「ウン」と言うとさらに疲れそうです。古風でいい言葉ではありますが、「そだね」の方が響きがいい感じです。そこで、少しリズミカルに英単語で言ってみてはいかがでしょうか。

ウンに代わる英単語~YupでテンションUP

Yup(やっぷ)はウンの代わりに使えます。ヤップと言うことで、少しテンションが上がりそうです。似た言葉にyesがあります。

・yes:はい
・yap:うん

ヤップはへ~イ代わりにもなることから、ラフすぎることも。他にも好意的なウンとして使えるのが「もちろん」です。

好意的な度合いがUP~もちろん

英語で「もちろん」はof courseですが、オフのコースって意味不明♪と思ったことありませんか?そんな時は、コース料理を思い浮かべてみてください。コース料理には、シェフにおまかせ、成り行きにまかせる意味合いがあるそうです。例えばこんな感じです。

どちらかがご飯を作れば、どちらかが後片付けと決めていました。今日はきぬさやがごはんを作りました。

きぬさや:今日は洗ってくれるのかな?
とうもろこし:もちろん!

成り行き的に、とうもろこしが後片付けをする事が分かっている状況ですね。ここでもし、「うん」と言ってしまうとします。おやつに焼いたクロワッサン、トースターが早く熱くなってしまったのでいつのまにかクロワッサンが焦げてしまい、不機嫌なとうもろこしは、「うん」に不機嫌さが出てしまいます。きぬさやはとうもろこしが渋々承諾していると勘違いしてしまうわけです。そんな時に、”当然だよ”という相手の依頼に対する肯定的なニュアンスのある「もちろん」は、相手に好意的だとすぐに伝えられる便利な一言です。もちろんよりも好意的だと言いたい時は、「オッケー」もナイスですね。

アウンの呼吸とは?

ウンとスンの関係は単なるロゴ合わせ的だとも言われていますが、ロゴ合わせ的な言葉と言えば、「アウンの呼吸」も思い浮かぶのではないでしょうか。『あ、うん』が映画のタイトルになった時、日本語っていいなと思ったものです。「あ」と口を開いて息を吸うことを「阿(あ)」、口を閉じて息を吐くことを「吽(うん)」と言うそうです。アウンの呼吸の意味については、お相撲さんにあります。ああ、うんではなかったんですね!お相撲さんは立ち上がる前に、3種類の呼吸をしているのだそうです。

・吸う息
・吐く息
・止まる息

まず、構えで息を吐き、8秒くらい息を止め、そのままの状態で立ち向かうのです。まるで短距離走のスタートのような緊張感です。アウンの呼吸は、取り組みの時に呼吸を合わせるところから来ていたのです。腹式呼吸の呼吸法では、息を吐いてから吸う間に数秒息を止めるとさらに腹筋がつきやすいと言われています。ウンの代わりにアウンはどうでしょうか。ちょっと違和感がありそうです、アウーンよりも、志村けんのアイーンの方が口角があがり、OK牧場感がでていてより承諾感がありそうです。